朝はニセコアンヌプリ山(1308.5m)と後方羊蹄山(1898m)、午後は後方羊蹄山と尻別岳(1107.4m)を終始眺めながら歩いた今日のルートは、宗谷岬以来最も気持ちのいいルートだった。
倶知安町から留寿都村までは京極町経由で後方羊蹄山の北側から南側まで東周りで半周した。
尻別川に架かる「富士見橋」からは、右にニセコアンヌプリ、左前方に富士見橋の名が示すとおり富士山そっくりの羊蹄山が圧倒的な迫力で望まれる。
その宿で聞いた川上温泉も断られた。
倶知安町には9時過ぎに着いた。ここで泊まるのではいくら何でも時間が早すぎる。
真狩村にも宿が2軒あるが、1軒は既に廃業、もう1軒は道路改修工事のため建替え中で営業していないということだった。
翌日宿泊予定の留寿都村の宿に電話してみると、やっとOKが取れた。 今日と明日は幸い短めの設定だったので2日分を一気に歩くことにしたが、それでも42kmは初めてだ。
宗谷岬を発って以来の最長距離に多少不安があったので、念のためにタクシーの電話番号も聞いておいた。
このルートは観光バスにとっても見せ場なのだろう、何台も通り過ぎて行く。
雪のない緑のニセコスキー場が遠くに見えていた。
1度目は会社の同僚と、2度目は妻とスキーに来たことがあるが、目の前に蝦夷富士と言われている端正な形の羊蹄山(1898m)が見えるいいスキー場だった。
妻に「いま、あのニセコスキー場と羊蹄山が見えている所を歩いている。いい眺めだぞ!」と電話した。
羊蹄山の裾野に広がる広大な畑では大型機械を使ってジャガイモの収穫が最盛期を迎えていた。
よく見ると収穫機を牽引しているトラクターには運転手が乗っていない。3~4人全員が後ろの収穫機械で作業をしている。自動運転のようだ。
仕事の手を休めている人に話をしてみると、畑は1枚3ha、全部で12ha持っているそうだ。10aで350kg収穫できるそうだが、機械は牽引するトラクターと収穫機を合わせて1300万円もするそうだ。
さらに隣の畑にニンジンを栽培していたが、作物が変わると収穫機械も別のものが必要になり、ニンジン用は1000万円。
更にトラックとかフォークリフトなどタイヤの付いた機械を5~6台持って来ないと仕事にならない。機械のために働いているようなものだと笑っていた。
京極町に入り坂道を下って行くとどこにもありそうな遊園地があった。
車がたくさん止まっていて賑わっているようだ。良く見ると「ふきだし公園」となっている。
18リットル入りのポリタンクを重そうに下げて坂道を登ってくる人が絶え間がない。どうやらその方向に水が湧いている場所があるらしい。
ここに来るまでの「サケ・マス孵化場」と書いた建物の近くにも岩の間から水が吹き出ている場所があったが、それと同じ規模くらいの湧水源から水が湧いていた。その下流域は池や橋をめぐらして公園が作られていた。
湧水源からは樋で水を引いて大勢が一度に飲めるようにしてあり、溢れ出る樋からポリタンクに水を汲む人でごったがえしていた。
商売でもするのかと思うほど、大量のポリタンクを台車に積んでやって来る人もいる。
羊蹄山の裾野に広がるゆったりと波打っている畑には茎が枯れたジャガイモの畝が直線的に遥か遠方まで続いている。
まさに北海道の風景だ。カメラのファインダーには入りきらないスケールの大きさ。
ファインダーで覗くとガッカリするほど貧弱になってしまう。
私の腕ではこの素晴らしさは写せないだろうな? と、思いながらも羊蹄山を入れて何枚も何枚も同じ構図の写真を撮った。もっと違う構図をと思うがどうしても羊蹄山入れ込みの畑の構図なってしまう。
きのう国富の手前の国道5号線で大阪から来たという大学生に会った。
彼は羊蹄山と尻別岳の間の道は高原状で、走っていて気持ちのいい所でした。と、言っていたが、多分この辺だったのだろうと思いながら、しばらく足を止めて羊蹄山に見入った。
1日40km以上歩くのは初めてだから、宿の予約を取ったときに一応タクシー会社の電話番号も聞いておいたが、景色がいいと足も痛くならず、疲れも感じない。
結局、タクシーを呼ぶこともなく最後まで楽しく歩くことができた。森が人間の精神に良い効果を与えるそうだが、まさにこの道がそれだろう。
病害虫予防のため施設への出入りは制限され、車のタイヤを自動洗浄する設備が完備していた。
ニセコへスキーに来たときにバスで通っただけだった留寿都リゾートは、この時期はパラグライダーがゆったりと空高く浮かんでいた。



















