今日は宗谷岬を歩きだしてから1000kmに達する記念すべき日だ。
記念すべき日の宿泊は「小坂ゴールドパレス」と言う金属工業研修技術センター内の宿泊施設で、今までのホテルの中で最も設備の充実した広い部屋だ。
安い宿ばかりに泊まっていたので狭い部屋ばかりだったが、きょうは部屋もユニットバスも机もクローゼットも全てが広々としていて、ゆったり気分で泊まれそうだ。
かと言って料金は決して高くない。一泊5250円だから非常に割安感がある。
鉱山の勉強をするために外国からの研修生が長期間滞在するための宿泊施設を兼ねているため、肌の色も言葉も違う若い人が何人も泊まっていた。
昨日の十和田湖は波が高かったが、今朝は鏡のように穏やかだった。
きょうは十和田湖から小坂町まで「樹海ライン」という標高850mの山越えの道を歩いた。
国道103号線の坂道を喘いでいると、きのう十和田湖を見下ろす瞰湖台で会った所沢ナンバーの車が「村岡さ~ん。ガンバって!」と手を振って追い抜いて行った。
彼は私より数年年上だと言っていたが、かなり若々しい。百名山も56歳から始めて完登したそうだ。
初荷峠(はっかとうげ)展望台で観光バスのお客さんに混じって十和田湖の眺めを楽しみながら写真を撮っていると、先ほどの彼が一枚撮ってあげると言って突然現れてシャッターを押してくれた。
私が登ってくるのが見えたので待っていてくれたそうだ。
そして、観光バスのガイドさんに「この人、北海道の最北端から歩いているのですよ!」と紹介したものだから、大勢の観光客から「え~! ず~っとですか?」「すご~い!」とみんなの注目を浴びてしまった。
「靴は何足目ですか?」とか「足は痛くならないのですか?」とか「どこまで歩くのですか?」とか、質問攻めになってしまった。
そこから300mほど先で国道と別れて「樹海ライン」に入った。
きれいな舗装道路にも拘らず車がほとんど通らない道で快適だったが、樹海ラインの名前に大木が生い茂る「樹海」を想像していただけに、ちょっと期待はずれの感があった。
余りに十和田湖の湖畔林が立派だっただけに、更に・・・を期待してしまった。
ま、歩くには歩き易いいい道だったが・・・・・。
自然の植生は不思議なものでブラキストンラインの津軽海峡を境に北海道と本州では大きく変わっている。
トドマツやシラカバの林がなくなり、ここではブナやカツラやダケカンバが主流となっていた。
高度が下がるに従って、ブナ林は植林された杉林に変わって、福井の山を見ているのと大差なくなってきた。
ところが突然ニセアカシヤが現れた。
こんな所に外来種のニセアカシアがある訳がないので誰かが植えたに違いない。
何か特別な用材の需要でもあったのだろうかと思いながら、七滝(落差60m)まで下って来ると、その訳を記した説明板あった。
それによると「明治35年から65年間、小坂鉱山の銅精錬にともなう排煙の亜硫酸ガスにより小坂町のほぼ全域と鹿角市の一部の国有林2万2千haの森林が裸地化してしまった。このため大正15年からニセアカシア等の植林と鉱山の設備改善などにより森林がよみがえり清流を取り戻した」と書いてあった。
急場を凌いで公害に強いといわれているニセアカシアを植林したことは分かるが、山全体がニセアカシアの単純林という光景もまた異様であった。
この山が元のような植生の森に戻るのかどうかは、素人の私には分からないが、戻るにしても相当長い年月を必要とするだろう。
8月19日に家を出るとき80日分の薬を持って来た。薬袋がリュックの中で相当自己主張していたが40日過ぎてその薬袋もかなり扱い易くなった。
25日に青森を発って以来、コンビニがない地域ばかり続いているので野菜ジュースが買えなかった。
食事に出る野菜は刺身のツマやケンまで全て食べるようにしているが、それでもたぶん野菜が不足していると思う。
小坂町はコンビニがありそうな町だった。
