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今朝は先ず「自然歩道 瀬波温泉砂丘のみち」を村上駅前から岩船神社前までの10.6kmを歩いた。
この道は諸上寺を通ることになっているが、この諸上寺はどうやら「♪しょうしょう諸上寺 ♪諸上寺の庭は・・・」の童謡「狸林」で歌われているお寺のことらしい。 初めは気が付かなかったが、諸上寺の近くの案内板にそれらしいことが書いてあった。 |
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このルートは最初松林の中の遊歩道を通る。 秋の気配が濃くなった遊歩道からは時々海と温泉旅館のビルが見える。泊まる予定だった「ウェルハートピア新潟瀬波」の大きな建物も見えた。 この道は意外とアップダウンが多い。「すずきヶ池」と「道玄池」の二つの池と二つの小山を越えた。池の周りは雑木林で紅葉が始まっていた。 |
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瀬波温泉の道路脇にも、今や温泉には付きものの「足湯」があった。
宿泊客らしい人と、そうではないらしい人、2〜3人が足を浸していた。
この瀬波温泉は明治37年の開湯で、石油掘削の作業中に90℃の熱湯が高さ27mの勢いで噴出したという。現在温泉井戸は11ヶ所あるそうだ。
この足湯も相当熱いらしく、お客は時々水道水の蛇口をひねってうめていた。 |
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階段の枕木にスギヒラタケが生えていた。(下右)
主に杉の木の古株に生えるキノコだが、稀に松にも生えることがある食菌だ。
昔から広く食菌として食べられてきたが、最近TVでこのキノコを食べて中毒者が出たと報道していた。
その真偽は分からないが、私には中毒者が別のキノコと間違えたか、キノコと一緒に食べた別の食材で中毒したのではないかと思えた。
私は子供の頃からこのきのこを「スギゴケ」とよんで、毎年採取して汁物にして食べているが、美味しいキノコの一つだと思っている。
しかも、このキノコは類似の紛らわしいキノコがなく、昔から親や祖父母から生える環境や時期、キノコ本体の姿や匂いの伝承を受け継いでいれば、間違えて採取することは殆ど考えられない。
最近の核家族による伝承の断絶と自然愛好志向によって図鑑などを片手にキノコ採取に出かけて間違えたとも考えられる。
いつだったか、山好きの女性が「キヌガサソウ」と「ゴゼンタチバナ」の区別が難しい。と言っていることについて、実物で知ることの大切さを書いた文を読んだことがある。
図鑑で見ると花をアップにしてあることが多く、大きさの比較は難しいが、一旦実物を知れば、「キヌガサソウ」と「ゴゼンタチバナ」は、余りにも違うその大きさから、間違うことは絶対ないと言っても良い。 |
ナツハゼの実が黒く熟していたので、5〜6個採って食べてみた。昔食べた懐かしい味がした。 この実は先端がカッパの頭のように禿げたようになっている部分があるので、子供の頃は「あたまはげ」と呼んでいた。 |
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途中の休憩所で地元の男性と一緒になった。「お幕場いこいの森」は大変良い所だから是非とも歩いたほうが良いということだった。
設定したルートがその「お幕場」かどうか分からないので、GPS内のルートを見てもらったら、知らずに設定したルートが偶然そのお幕場を通るように設定できているらしい。 |
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地元の男性が言っていたように、確かに素晴らしい松林だった。
樹齢100年を超えるアカマツの天然林だそうだ。当然、ここも「白砂青松100選」に選ばれている松林だった。
遊歩道が縦横に何本も設けてあり道標や休憩所もしっかりと整備されていて楽しい森だ。 |
| お幕場とはどうやら昔村上藩の藩主や奥方が幕を張り巡らし、茶会を催した場所の意味のようだ。 |
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この自然遊歩道とお幕場歩きに時間をかけ過ぎて、宿に着いたのはすっかり日が落ちてからだった。
国道113号線は歩道がない部分が多く、しかもトラックが多いので、その道を避けて海側の保安林保全用道路を歩かせてもらった。
きょうの日の入り時刻はGPSによると5時05分となっていたが、到着予定時刻は5時45分を表示している。すっかり暗くなってからだ。
日が沈んでから暗い海側の道路は危ないと思ったので、日が沈むちょっと前に国道113号線に復帰した。 |
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しかし、こちらもかなり危ない。
歩道がなく・暗く・トラックが多い最悪の条件で、点滅ライトを2個点滅させ反射テープの襷をかけて、トラックが近づいたら端によけて待つ、を繰り返しての歩きだから更に時間が遅くなってしまった。
日が西に沈みかけた頃、仏像らしい巨大な像が西空にシルエットになって浮かんでいる所に来た。何だろう? と、近づいてみると、親鸞聖人の像で、傍らには「総合会館・西方の湯」の建物が建っていた。どうやら温泉施設のようだ。 |
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宿到着が遅れたので、心配した宿の女将さんが玄関まで出て待っていて下さった。 宿は民宿だが去年建替えたそうで、木の香りも新しい宿だった。
今回の「e旅歩き旅」で泊まった民宿・旅館の中で最も気持ちの良い宿の一つだった。 |