(画像はクリックで拡大します)
| やっと宗谷岬から自宅の福井までつながった。 今朝、9時過ぎに今年8月7日に「e旅歩き旅」の練習ウォークの最終地点、能生町役場前(現在糸魚川市能生事務所)の国鉄駅跡記念碑前に到着した。(右) これで、日本最北端の宗谷岬から福井運動公園まで、この足で歩いた軌跡がつながったことになり、私にとっては記念すべき日になった。 |
![]() |
|
![]() |
7月26日、連日真夏日の猛暑の中、福井運動公園のサイクリングロード基点を出発して10日後の8月7日、能生町の役場前に着いた。 その日は南の空に黒い雲があって雷がなり、今にも降りそうな気配だった。 予定していた旅館を下見に行ったら余りにもゴチャゴチャしたところに窮屈そうに建っていたのと、今にも降りそうな天気と、一応の目安にしていた糸魚川を通過したと言う安心感から、次の直江津まで歩く気力が萎えてしまって、能生から家に帰ってしまったことなどを、能生町の役場前(左)で腰を下ろして辺りの景色を眺めながら思い出していた。 |
|
| 潔癖症の私は、その時はまだ、見た感じが小奇麗で清潔そうで、災害時の安全性も確保できそうな宿でないと泊まる気にならなかった。 北海道からの旅を通して、そんな事を言っていられなかった今は、たどり着いた宿に余り抵抗なく泊まれ、与えられた布団に抵抗なく潜れるようになった。 妻が言った。 「お父さんも随分成長したんやの~」 「・・・・」 |
||
![]() |
![]() |
![]() |
| 若かった頃はお金を節約して、北陸自動車道を使わず志賀高原まで8号線経由でスキーに行っていた。 その頃から糸魚川~直江津間は8号線に平行して自転車道があることが気になっていた。 いつかその道を自転車か徒歩で通ってみたいと思っていた。 昨日と今日でそれも完成した。(上3枚) この時期は橋の上からサケの遡上も見られ、青い海、青い空、紅葉の山と相まって、より印象深い旅になった。 |
||
| 今日見た能生川のサケが一番美しかった。 川も水も砂利もきれいで、水深も浅く、魚を見るにはちょうど良い。 12月頃まで見られるらしいので、帰ったら早速妻を連れて見に来ようと思う。 |
![]() |
![]() |
| 能生川のサケ | ||
![]() |
能生町の白山神社(左)は茅葺屋根でちょっと珍しい。 「こけら葺」や「銅板葺」の神社は多いが、茅葺屋根の神社は初めて見た。 近くの「能生町民族資料館」も茅葺屋根だった。(右) |
![]() |
| 糸魚川市大和川付近の海岸を歩いていたら、大宮から来たという73歳の男性に会った。 娘さんが近くに嫁いでいるので、孫の自転車を2台持って来たのだと言う。 北海道から歩いていると言う話になったら、 「それなら力のつくものを上げる」と言って、自分で拾って自分で焼いたと言うクルミをたくさんくれた。 それはまだ殻に入っていた。一日3個ほどを毎日食べると元気が出ると言う。 昔の人は旅をする時、このようなものを持って行ったそうだ。 |
||
![]() |
糸魚川の街に差し掛かると、8号線の電光掲示板に嫌な警告が表示されていた。 「親不知地内 クマ出没通行注意」と言うものだ。(左) 親不知観光ホテルに電話して状況を尋ねると、 8号線付近にも出ているらしい。8号線の崖の下の海辺の工事現場にも親子連れのクマが現れたらしい。 と言う返事。 今年の夏通った観光ホテル裏の明治時代に作られた「如砥如矢」の道はどうかを尋ねてみたら、今年は糞を見たという。 |
|
| こんなことは初めてで、今年のクマの行動は今までの常識が通用しないようです。 と言っていた。 国道8号線の交通量は半端ではない。こんなに交通量が多い道路にまで命を張って出てくるようでは、よほど山には餌が不足しているようだ。 クマも半端な覚悟では、巨大な怪物(自動車)が轟音を立てて猛スピードで向かって来る道路には出て来られない筈だから、今年のクマは確かに今までの常識では対処できないようだ。 第二世代の北陸道「如砥如矢」の道を歩くかどうかは、明日もう一度考えよう。 |
||
![]() |
![]() |
![]() |
| ヒスイ海岸 | 奴奈川姫(幸福の女神らしい) | ヒスイ原石 |
| 糸魚川の海岸はヒスイの原石を拾うことができる海岸として有名だ。 いつだったか、リュックを背負って海岸の石を拾いながら歩いている人に尋ねたことがあった。 その時はじめて、ヒスイの原石がこの海岸で拾えることを知った。 「素人には見分けるのは難しいでしょう」 と言う、その宝の石を見せてもらったが、確かに、私にはどににでも落ちていそうな、ただの石ころにしか見えなかった。 |
||













