- コース概要(コース延長=17.4km)
福井市一乗小学校前 ~ 文殊山 ~ 越前漆器伝統産業会館 - 主な見所
- 文殊山(Mt.Monjyusan)
標高365mの文殊山(大文殊)は、白山を含む越前五山のひとつで、五山のうち日野山・越知山・吉野ヶ岳のほぼ中央に位置し、越前を守る霊山として「おらが里の文殊山」として親しまれてきました。
養老元年(717年)に泰澄大師が開いたと伝えられ、大文殊の本堂には文殊菩薩、小文殊の室堂には阿弥陀如来、奥之院には聖観世音菩薩がそれぞれ祀られています。特に文殊菩薩は「三人寄れば文殊の知恵」といわれ広く知られています。また、奥の院手前には「胎内くぐり」と呼ばれる巨石のトンネルがあり、知恵や安産のご利益があると言い伝えられています。
登山道周辺にはツバキやカタクリ、モミジの群生地があり、四季折々に色鮮やかな花が咲き乱れ文殊山の素晴らしい風景を満喫することができます。さらに、展望台からは福井や鯖江の市街地を一望でき、大文殊からは遠くに白山を望むことができます。 - 越前漆器伝統産業会館
鯖江の東部、河和田は「漆器の里」として1500年の伝統があります。越前漆器は優雅さと堅牢さで知られ、国の伝統的工芸品の指定を受けています。
越前漆器伝統産業会館の館内では、漆器の歴史や製造工程を紹介しています。中でも蒔絵のパネルをはめこんだ格天井和室は見ごたがあります。
(自然歩道案内板より転記)
- 文殊山(Mt.Monjyusan)
![]() 別司町のお寺の門前の お地蔵さん |
![]() 戸の口町の交差点を左折(上) 我が母校の北中山小学校(右) |
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戸の口町の交差点を直進して戸の口トンネルを抜けると福井市東大味町ですが、今回は左折して文殊山を越えて東大味町に向かいます。大変な遠回りです。
途中、戸口町の親戚と小学生時代に通った北中山小学校に立ち寄りました。
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| 南井町の手前から見る文殊山 | 南井町登山口の駐車場は山へ少し登ったところにあり、2~3台駐車できます。 石を積み上げたような堰堤が目の前です。(上) |
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登山道は概ね杉林の中を登ります。
八畳敷という大きな岩の辺りではヒヨドリがけたたましく騒いでいました。(画像中央)
| 登山道が大きく右に迂回して間もなく、崖の上に山姥が住んでいたという「山姥岩洞」があります。 人が3~4人は入れそうな岩穴です。(右) 左右の岩の上に巨大な岩がちょこんと乗っていて、その下が岩穴になっているのです。(右端) 何百年もこの形でしょうから崩れる心配はないのだろうと思いますが、中に入るにはちょっと勇気が必要でした。 |
![]() 山姥岩洞 |
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| 山姥岩洞から5分ほどで尾根に出ます。 左は胎内くぐりを経て奥の院、右は大文殊、室堂へと続きます。 |
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「胎内くぐり」は二つの巨岩の間のトンネルをくぐるというもので、邪心があるものが通ると巨岩が閉じるといわれています。 | ||
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巨岩の下には泰澄大師が「一切経」を埋納したと伝えられています。(左) 奥の院には小さな祠と三角点があります。 祠にはどのような願い事も叶えて貰えるという聖観世音菩薩が祀られているそうです。 |
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| ここ大文殊(365m)は越前五山(白山・日野山・越知山・吉野ヶ岳・文殊山)の中心だそうです。 | ![]() |
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三角点(350.5m) |
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上は大文殊の文殊菩薩堂。知恵が授かるとか・・・・。 その傍らに石仏がたくさん並んでいます。これは天保の大飢饉の慰霊石仏らしいのです。(上右) 現代は、もったいないことですが、ダイエットだと言って、痩せるためにお金を使う時代です。 この石仏は現代をどのように見ているのでしょうか・・・・? |
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| 展望台 この展望台の横にはカタクリの群生地があり、4月上旬にはピンクの絨毯になり多くのハイカーで賑わいます。 |
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| 小文殊(室堂)は広場になっていてお堂と天狗杉が立っていてます。(右) | |
| 文殊霊泉という水場も近く、休憩舎とトイレも整備されていて、近くの小学校の遠足で登ることも多い山です。 大正寺・西袋からの登山道は天狗杉の脇に登ってきます。 今回は大村に下山するので直進です。 |
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| 下山路には全国から寄せられた俳句の札が所々にあり、楽しませてくれます。 ネムの花が落ちて登山道をピンクに染めていました。 |
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大村登山口の楞厳寺(りょうごんじ)(左) 近くには駐車場も用意されています。 |
| 大村から真東に3kmほど歩くと東大味です。 明智光秀ゆかりの明智神社があり、細川ガラシャ生誕の里と書いた立札がありました。 ご本尊は明智光秀公で地元では「あけっつぁま」と呼んで親しまれているようです。 |
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一乗谷に抜ける峠道を登る途中に「旧朝倉街道跡」の立札がありました。(右) 小学生の夏休みに父に連れられて一乗滝まで歩いて来た記憶が甦りました。 50数年ぶりです。 |
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![]() 朝倉道の峠 |
![]() 朝倉氏遺跡駐車場 |
現在の峠の近くに旧道が合流していました。 東大味側は杉林で薄暗い道ですが、一乗谷側は明るく開けています。 GPSは21.1kmを記録して朝倉遺跡駐車場に到着しました。 |
























