この道は福井県のコースガイドによると、南越前町(旧今庄町)から敦賀市新保までの 18.0kmとなっています。しかし、前の「A9 杣山城跡と花はすの道」が、南越前町(旧南条町)の「花はす温泉そまやま」で終っているので、そこから「今庄365温泉やすらぎ」まで歩きました。
実はスタート地点まで妻に車で送ってもらって、終点に車を回しておいてもらうのですが、温泉が終点なら機嫌よく引き受けてくれます。妻は友人と温泉でゆっくりして、湯上りにビールや酒などで盛り上がったりして・・・・。
帰りは私が運転手ですから、私の歩く日は妻の休息日です。
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![]() 花はす温泉「そまやま」 |
| 花はす温泉「そまやま」の横には広い花ハス公園があり、蓮の花がちょうど見ごろでした。 ここでは大賀博士が2000年前の種から花を咲かせた「大賀蓮」をはじめ世界のハス48種が観賞できます。 |
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日野川は鮎釣りも盛んです。 サギも鮎を狙っているのでしょうか? 水面をうかがっていました。 |
| 「そまやま荘」から杣山(そまやま)沿いの遊歩道を日野川べりまで西に歩きます。 日野川沿いには「丹南スポーツレクリェーションロード」という赤く染められた歩行者・自転車専用道路あり、これを上流に向けて歩きます。 高速道路の下をくぐり、右手に湯尾小学校が見えてくると赤い道ともお別れです。自然歩道の標識に従って右に曲がり、小学校の脇を通って坂道を登ると「上野ヶ原古戦場」(うわのがはら)の碑が立っている集落があります。 |
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| 集落の大きさの割には広い道が縦横に走っていて戸惑いますが、自然歩道の案内板に従って進むと「湯尾峠入口」の標識と峠の歴史を書い案内板が立っていました。 | ![]() |
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直ぐ近くをJR北陸本線と北陸自動車道、国道365号線が走っている現代、この細い山道が旧北陸道で、明治天皇もこの道をお通りになって北陸行幸されたとは、にわかには信じがたいものがあります。 |
| いずれにしても、湯尾から今庄にかけては今も昔も北陸の交通の要衝であることは間違いありません。 オオバコがびっしり生えている山道を標高差80mほど登ると湯尾峠です。 |
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| 峠には奥の細道の松尾芭蕉が、この地で詠んだという句碑がありました。(右) 『月に名を つつみかねてや いもの神』 |
| 旧北陸道と現代の北陸本線は平行しています。 1000年以上の歴史がある峠は明治29年の鉄道開通によってその役目を終えたと言えます。 |
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| 昔の北陸街道の直ぐ傍を特急下り電車が駆け抜けて行きました。 | 峠の今庄側には当時のものでしょうか。累々と石垣が築いてありました。 | |||||
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今庄の町並みは当時の繁栄を偲ばせる、重厚な造りの家が今も軒を並べています。 | |||||
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屋根に卯建(うだつ)が上がっている立派な造りの家。 昔から立身出世の代名詞のように「卯建が上がる」とか「卯建が上がらない」とか言われている「卯建」です。 卯建が上がった家を建てられたのは人生の成功者だったと言えるのでしょう。 |
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花ハス温泉から今庄駅まで9.5km。 駅近くのスーパーで買った弁当を、待合室で使わせていただいて、14時15分、後半のスタートです。 |
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| 今庄の街はずれの木の芽峠と栃の木峠の分岐点には「文政の道しるべ」があり、その脇に現代版「自然歩道の道しるべ」が立っていました。 右「木の芽峠」に向かいます |
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| 「文政の道しるべ」 比較的柔らかい笏谷石に刻まれた道しるべは読みにくくなっていましたが 左 京 いせ・江戸道 右 京 つるが・わかさ道 と書いてあるようです。 |
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当時の旅人の喉を潤したであろう 「コツラの清水」 |
鹿蒜神社の大ケヤキ | ||||
| 鹿蒜川(かひるがわ)に付かず離れず西へ向かっていたルートは、新道集落で川と別れて南進。二ツ屋に向かいます。 20年ほど前、この道を歩いた時は、二ツ屋から先の山道の入口にはミゾソバが生茂っていて歩き難かった記憶があるので、二ツ屋で農作業をしていたお婆さんに 「木の芽峠への道は歩けますかねェ〜?」と尋ねると、 「いい道が付いてるでぇ、いくらも歩けるけど、ちょっと時間が遅いのぉ〜」 と懐かしい響きの答えが返ってきました。 |
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| 二ツ屋関所跡 | お婆さんの言葉どおり、思いのほか広い道がついています。 どうやら旧北陸道ではなく、新しく付けられた道のようです。 しばらく進むと突然、雑草が生茂ったスキー場に出てしまい、道は途切れてしまいました。 |
![]() 旧北陸道 |
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リフト乗り場の方に白い立看板が見えたので、近づいてみると「旧北陸道↑」と書いてあり、ゲレンデ脇に踏み跡がありました。(上右) 少し先のゲレンデ脇ではスキー場造成工事で失われた旧北陸道の復元工事が行われていました。 |
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スキー場になって、すっかり昔の趣はなくなってしまい、20数年前歩いた道が、今歩いている道かどうかは良く分かりませんでしたが、少し違うように感じました。 | |
| 道元禅師入越の碑、笠取峠の案内板を過ぎると、古い石畳の道になりましたが、これも束の間、またゲレンデを横切ります。 | ||
| 間もなく、わら葺屋根のお堂が見えてきます。 昔、ここで旅人のお金を取った盗人がお地蔵さんに見られていたことに気付き、お地蔵さんに「言うな!」と言ったという「言奈地蔵」(いうなじぞう)です。 20数年前訪れた時は、草深い山道の途中にひっそりと建っていましたが、今はこんなに開けた場所になっています。 |
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すぐ下には舗装した車道も通っていて、車でも簡単に来ることができるようになりましたが、昔の面影はなくなってしまいました。
地蔵堂の脇のイワヒバの下には、昔も今も変わらず、冷たくて美味しい水が流れていました。
この後、スキー場の車道を 1.8km下って、今庄365温泉「やすらぎ」の露天風呂で汗と疲れを流して帰りました。




























