今日のこの道は「旧北陸街道今庄宿場町の道」の後半部です。
前回7月15日「旧北陸街道今庄宿場町の道@」と、8月28日「旧北陸街道A 板取〜木ノ芽峠」を歩いているので、残りの南越前町(旧今庄町)「木ノ芽峠」から敦賀市新保までの3kmです。
きょうはその後、2004年9月16日に歩いた「気比の松原と芭蕉を偲ぶ道」の基点、敦賀市舞崎町まで足を伸ばし全長13.1kmを歩きました。
ちょうどこの日は「蓮如さん」の御影が木ノ芽峠を通られる日でしたが、家を出るのが遅かったので、今庄の手前で蓮如さんの一行に会ってしまいました。ちょっと残念。
(注:「蓮如さん」とは京都〜福井県吉崎御坊間を蓮如上人の御影(お姿を描いたもの)を徒歩で運ぶ年中行事)
今日のスタート点、木ノ芽峠(標高628m)の一軒茶屋の周りにはまだ雪がたっぷり残っていました。
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茶屋の主人が数年前に植えたというザゼンソウが咲いていました。 |
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| ザゼンソウ | ムラサキサギゴケ | |
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| 鉢伏山への登山道(上) 明治天皇北陸行幸のとき、この峠でご休憩されたという碑(右上)と 飲用された御膳水(右下) |
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歴史の道「木ノ芽古道」の解説板によると
『この道が開かれたのは天長7年(830年)以前といわれ、明治中期までの1150余年間、畿内と北陸を結んできた官道で、義経主従も永平寺道元も本願寺蓮如も細道紀行の芭蕉もこの道を通った。
近くは明治11年(1878年)10月9日北陸巡幸の明治天皇もこの峠を越えて敦賀へ来られた。
渓谷を縫って続くこの峠道は、また兵事戦略上の重要路線でもあり、木曽義仲の上洛軍や新田義貞の下向軍、さらには水戸烈士の西上軍もこの街道を進んだという。
永禄・元亀・天正のころ、稜線に築かれた西光寺丸等の城砦の攻防に、信長や秀吉、家康が朝倉軍と、あるいは一向一揆の軍勢と鎬を削ったのもこの道筋である。
そうでなくても 6kmも続く深山幽谷に、人家といっては峠の茶屋一戸(古くは二戸)だけとあっては、旅人にとっては気の許せる道中ではなかったはずで、伝説で名高い「言奈地蔵」をはじめ沿道に野仏が多いのも頷ける。
明治20年(1887年)に東浦に車道が開通するとこの峠道は廃れ、今なお随所に古街道の面影を留めていて一千年の歴史を物語ってくれる。』
とあります。
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| ユキバタツバキ(左) エンレイソウ(中) ニリンソウ(右) |
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木の芽峠 0.8km → 新保バス停 1.8km ← |
| コゴミ(左) ワサビ(中) |
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芽吹いたばかりの若いみどりが初々しい(左) | |||
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![]() キクザキイチゲ |
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| この花には白花と青花がありますが、ここではみな青でした。 | ||||
| 右端画像の案内板の所で新保バス停までのほぼ中間点です このあたりは今は杉林ですが、石垣や杉の大きさなどから想像すると20年ほど前までは田んぼだったようです。 |
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杉林を抜けると広い道路に出ました。 私の地図には新保から山の途中までしか描いてない国道478号線が板取までトンネルで開通しているようです。 旧道はここで遮断されたのでしょう。新しく作られた石段を下って国道の下をくぐります。 そこに「道元禅師入越慕古の道」の碑が建っていました(左) |
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| 国道を潜り抜けると、また旧道らしい道になります。 田んぼの水路にはきれいな水が引かれ、あぜ道にはタンポポやキンポウゲなどの黄色い花が春を演出していました。 |
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タンポポ |
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道端のお地蔵さんには新しい花と水がお供えしてあり(左) 傍らには可憐な花には可哀相な名前のオオイヌノフグリが咲いていました![]() |
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明治の中ごろ日本に入ってきて、最近はすごい勢いで生息地を拡大しつつあるヨーロッパ原産の帰化植物ヒメオドリコソウ(上と右) オオイヌノフグリ(左端) 梨の花(左) |
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武田耕雲斎逗留の陣屋および門(左) 解説板によると、元治元年12月11日、勤王の志士達820余人を卒いて新保に宿営し、この陣屋に耕雲斎が起居した。 幕府の攻勢は益々激甚をきわめ四面包囲の中、降雪の猛威に悩まされ、ついに進退きわまり加賀藩の軍門に下った。とあります。 |
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意力寺 | |
新保集落(左)![]() |
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ここ新保バス停(上)で「旧北陸街道・今庄宿場町の道」は終点ですが、この後も敦賀まで続けて歩きました。 | |
| ヤマブキ | クサイチゴ | シャガ | |
![]() 池河内への分岐 80m先にJR北陸トンネル斜坑入口 |
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| 旧国鉄北陸線トンネル跡 | 木ノ芽川と敦賀市川北 前方に北陸自動車道の鉄橋 | ||
新保バス停から車道を避けて木ノ芽川沿いの農道を歩きましたが、すぐに細い谷川に阻まれ進むことができなくなり、戻って車道を歩きましたが、車はそれほど多くはありませんでした。
9月16日に歩いた「気比の松原と芭蕉を偲ぶ道」の基点、敦賀市舞崎町のJA前まで歩いてから、国道8号線沿いの「かまぼこ工場」の駐車場で待っている妻のところまで引き返し、かまぼこ工場を見学。蒲鉾のお土産を買って今日の予定は無事終了。



























タンポポ














